アメリカ ハワイ大学ヒロ校 交換留学(深瀬 新着2018)

アメリカ・オセアニア

経済学部経営学科3年
深瀬隆也

留学体験記 (ハワイ大学ヒロ校

留学先

アメリカ合衆国 ハワイ大学 ヒロ校

留学期間

2018年8月15日~2018年12月15日(3年次 後期)

留学動機

・苦手な英語を克服し、英語のスキルを磨くため
・ハワイという特殊な地域で多様性を学びたいから
・米国でビジネスにおける実用的な専門性を学びたかったから
・ディスカッションやロジカルシンキングなど日本では経験できない
英語のネイティブスピーカーとの授業を経験したかったから

費用

留学前

・飛行機
行き
(札幌‐羽田 ANA)
(成田‐ホノルル 大韓航空)
(ホノルル‐ヒロ ハワイアン航空)
トランジット料金で合計 10万8千円

帰り
(ヒロ‐ホノルル ハワイアン航空→1万円)
(ホノルル‐成田 JAL→6万円)
(成田‐札幌 JAL→1万円)
※帰りは都合により別々で購入 合計で約8万円

・ビザ 約2万円(手続きに時間がかかるため早めに対応するのが良い。)
・保険 約4万円

留学中

・食堂代 20万円
・寮費  30万円

ある一週間のスケジュール

赤色→経営系科目  青色→経営系以外の科目
・主に空きコマは、図書館や学校内のカフェテラスで勉強をしたり、間の時間がないときは友達と話して過ごしていました。また、ワークアウトを週に2~3回程行っていました。

・土日は基本的に寮で勉強したり、ショッピングモールに買い物をしに行ったりしていましたが、車がないと遠くて、不便なので時々しか行けませんでした。

履修した授業

アメリカでは、12単位(3単位/1授業)が1セメスターで必須なので4個+1個(ESL)を取りました。
(経営系)
・Critical Thinking BUS290
ロジカルに考えるのに必要な知識や考え方、引用の信頼性など、
どのような分野でも必ず必要とされる理論の授業。形式としては、
ほぼディスカッションのクラスなので最初はとても苦労したが、
慣れてくると積極的に発言することで深い理解を得ることができるので、
経済・経営の分野にかかわらずとても役に立った授業だった。
・Human Behavior MGT300
分野としては、経営学に近かったが、中身はもっと専門的かつより人間行動・心理
にフォーカスされた理論を用いて学ぶ授業であった。章ごとにリーダーとは、組織行動とは、といった理論を説明されるレクチャー的な時間とそれに基づいて生徒と先生が議論をしていくスタイルなので予習をしていかないと予備知識がなく、ついていくのが大変だった。

(経営科目以外)
・Theory of Human Communication COM270
リーダーシップの授業が人気過ぎて取れなかったため、とった授業。
コミュニケーション学という日本にはない分野で、良好な関係性を構築していくにはどんなケースがあるか、理論を用いながら検証する。全般的なコミュニケーションの授業であったので、個人的にはすごく面白い授業だった。

・The method for teaching Japanese JPN345
第二外国語としての日本語をどういう風に教えていくかを学ぶ授業。
日本語をうまく教えるにはどうすればいいのか興味があったため受講した。日本語だけでなく、第二外国語としての言語を習得、教えるにはどうしたらいいのか実戦形式で学んだ。大学の隣にある高校に訪問して実際に日本語のクラスで授業をしてみることができたので、短い時間ではあったが、貴重な経験をすることができたのでお勧めである。

・Writing class ESL074
非ネイティブのための授業。次のセメスターのイギリスはライティング重視だということもあり、その準備のために受講した。日本とは違って、毎週ネイティブの先生に添削してもらうことができたので、すごく力になったのでライティングが少しでも苦手な人には受講することをお勧めする。
(自分のライティング能力に自信がなかったので、追加で取りました。)

留学前後のスケジュール

2年前期5月 留学を決意、準備に取り掛かる。
6月 留学に必要なことを調べていくうちに今のスコアでは、
留学先がないことを知る。(IELTS overall 5.0)←ギリギリでした。
7月~10月 夏休み返上でIELTSの勉強にいそしむ。(中々スコアが伸びず苦戦)
10月半ば ようやく最低基準(IELTS overall 5.5)に到達。
(締め切り前のギリギリでようやく取得)
11月 無謀にもイギリスへの大学に挑戦を決意
(もともとイギリスの大学でMBA「経営修士」を取得したい
という夢があったので)
11月~2月 再びIELTSの勉強を開始
同時にハワイ大学ヒロ校の面接を受けるも
自らの至らなさに愕然→英語力のなさ、思慮不足(留学の目的が明確に)
3月 ようやく(IELTS overall 6.0を取得、
しかし、ライティングのスコアが足りず)
留学生のナベくんとの出会い。
高井先生と面談させていただいた後、諦めず最後までやり抜くことにする。
4月~5月 IELTS overall6.0 (w 6.0)でようやくアバディーン大学のスコアに到達。
7月 アバディーン大学の面接に合格
8月~12月 ハワイ大学ヒロ校への留学
12月 帰国、イギリスへ。

詳細

留学前

最初に留学を決意したのは、2年次の五月でした。新渡戸カレッジのプログラムを受けていく中で、自分に何が足りないのか、どうすればそれを克服することができるのか考えた時、留学するということが、一番明快でシンプルな答えでした。経済・経営系の専門の授業や、プレゼン、グループディスカッションなどの難しさを経験して、上手くいかないことが多く悔しい経験をたくさんしました。どうすればもっと上手くなれるのか、深い学びを得ることができるのかということを考えた末に、一度日本を離れ、多様な人たちがそれぞれの考えを持ち、枠組みにとらわれず学べる環境に身を置くことが自分にとって、一番いいこと思い、まずは自由の国アメリカに留学しようと決断しました。留学のための勉強や準備を始めていく中で、まずはIELTSを受験。TOEFLと違って、対人でのスピーキングテストやペーパーでの試験であることを知り、そちらの方が自分に合ってると思いIELTSを選びました。しかし、結果は惨敗。もともと英語が受験の時も苦手で、新渡戸カレッジもギリギリで入った上にその後、ろくに英語の勉強もしていなかったので当然の結果でした。留学の担当者の方に、ご相談させていただいたところ、「深瀬さん、申し訳ないんですが、深瀬さんのスコアで行ける大学はありません。」と一言。愕然としました。そこからは、死に物狂いでIELTSの勉強三昧で、夏休みも返上で一日も休まず図書館に通い詰めたのは、今ではいい思い出です。しかし、当時はIELTSのテストを受けながら勉強をひたすらしていく苦しい時期でもありました。中々思ったようにスコアが伸びず、上がった点があると思えば、前回よりも下がった部分もあり、試行錯誤の日々でした。留学の締め切りが近づき、焦りは募るばかりで、「本当に留学に行けるのか」「もうやめてしまおうかな」とくじけそうな時もありました。そんな中で心の支えになったのが、一緒に留学を目指す友達との励まし合いでした。誰かがくじけそうになっても、周りがそれを支え、高めあっていくというその環境が最後まで自分の原動力であったと思いますし、それがなければ最後までは頑張れなかったと思います。締め切り前の、チャンスとしては最後の試験でようやく留学の最低基準であるスコアを獲得し、悩んだ末にハワイ大学ヒロ校に申請をすることにしました。周りの人たちには、「どうしてハワイに行くのか?」と何度も尋ねられましたが、「アメリカに行ってビジネスを学びたい」、「アメリカ本土とは違って、ハワイという地域的にも文化的にも特殊な環境で多様な人々と日本とは違ったディスカッション型の授業を受けてみたい。」その思いでハワイ大学ヒロ校へ応募しました。
ハワイ大学へ行く前には、面接でご指摘をいただいた英語のスピーキングの向上と専門科目を英語で受けてみる経験をするために国際教養科目の「Japanese Management」を受講しました。また、3月に日本へやってきた留学生のナベ君との出会いも自分を大きく成長させるきっかけになりました。自分のゼミにナベ君が来ることを知り、自分が彼のために何がしてあげられるかを考えるようになりました。それは、これから自分が留学し、異国の地で勉強だけでなく、生活をしていかなければならない時に自分だったらこれがあったらありがたいなとか、こんな時に助けてほしいなということを自然とナベ君にもしてあげたいと思ってそれを意識していました。ナベ君とは、同じゼミ生としてだけではなく、留学前の短い間ではありましたが、まさにMy brotherとして一緒に過ごせたことは自分の中で大きな財産になりました。留学をする前のこの時期は自分にとって、苦労をする時期でありかつ必要な時間であったと思います。

留学準備編

・ビザ

→アメリカは前もってオンライン申請をしたり、申請をするために
支払いが必要だったので、早めに準備するのがいいと思います。

・保険

→学内オリエンテーション時に配られた資料を基に保険に加入しました。アメリカでは必要に応じて留学先大学から保険加入を斡旋されるところもあるようでしたが、ハワイ大学は特に何もなく、オリエンテーションで言われたもののみに加入していました。

・経済面

→アメリカはカード社会だと言われて、三菱UFJのビザデビットカードとJALカードのマスターカードを持って行ったのですが、結局ビザデビットしか使いませんでした。現地では、キャッシュで払っている人も多く、同じ三菱UFJのカードを持っている友達はキャンパス内にあるATMでキャッシュを引き出していました。外食をする時や買い出しに行くときに現金を持っていないと割り勘しづらいことが多々あったので、現金を多めに持っていく、または三菱UFJのカードで引き出せるようにした方がいいと思います。
→自分は新渡戸カレッジ生だったので月額8万円+月4万円の奨学金をいただいていました。

・住居

→住居はピンキリで、学内の中にあるイケナ・カウアノエなどといったルームシェア型の比較的安い寮もあれば、キャンパスの正門前にあるアラホヌアという個人部屋がある値段の高い寮もありました。自分は後者に住んでおり、比較的日本人も多く、セキュリティもしっかりしているところだったので快適に過ごすことができました。シャワーとトイレと洗面台だけ二人部屋で共用なのですが、一人で部屋で静かに勉強したいというのであればアラホヌアはおすすめです。
→また、ハワイ大学ヒロ校では、キッチンがついている21歳以上しか住めないイケナという4人ルームシェア型の量を除いて、ほぼすべての寮生がダイニングという食堂やカフェテリアという朝やブランチを食べる場所を利用していたため、料理を作ることはほとんどありませんでしたが、アラホヌアには寮生全員の共用のキッチンが一つだけあったので、留学の終盤はご飯を自分で作っていたりしてました。(でも、作ると結構お金がかかるのでダイニングで済ませるのがベストです。)

携帯電話とWi-Fi

→携帯はシムロックを日本で解除して、ハワイ大学から資料とともに送られてきたシムカード(Mint)を使用していました。しかし、Mintは使いづらく、基本的に大学や寮のWi-Fiを使っていました。大学はほぼ全域でWi-Fiが使用できるのですが、寮では使える部屋と全く使えない部屋があり、最初は後者だったので苦労しました。寮の事務に相談したところ修理のための工事があるので待ってくれと言われてそこから1か月半ぐらいたったある日急にWi-Fiがガンガン通るようになったので、心配な人はSIMカードを前もって調べていくのがいいと思います。あまりお勧めはしませんが(高いので)、Wi-Fiルーターを持っていくのも一つの手かもしれません。(パソコンが使えないのはかなり不便だから)

荷物

JALは23㎏まで大韓航空は20㎏までだったので、スーツケースは2つ持って行って、それぞれに半分ぐらいずつ荷物が入るようにするといいと思います。(帰りは荷物が多くなるので、わざわざ現地でスーツケースを買わなくていいし、荷物を郵送するとかなり高くついてしまうので、絶対に2個スーツケースを持っていくべき)

留学前半

新千歳を立ち、成田からホノルル、ヒロへ向かった。道中は、同じ大学に留学する経済学部の友達と現地まで同行していたので、現地に到着するまではそれほど苦労しなかった。初のハワイがまさか留学になるなんて夢にも思わなかったが、雄大な自然と広大な景色、オーシャンブルーの空と透き通った海は今までに見たことないようなもので、ハワイに来たことを機内でしみじみと実感した。ヒロ空港に到着すると、何人かの留学生らしき人が集まっていた。留学案内係の現地の学生も車に乗って迎えにきていた。札幌からきた我々二人は、渡米前に迎えに来てもらうための予約をしなければならなかったのだが、それをせずにマップの距離だけを見て、「歩けるべ」なんて余裕をかまして予約をしていなかった。現地の学生を見て、ラッキーと思い予約してしていないが乗れるかを尋ねると少し嫌な顔をされたが乗せてもらえた。乗っている道中で気づいたのだが、空港からキャンパスまでの距離は予想よりもはるかに遠く、夏場ということもあり気温はゆうに30度を超え、湿気もかなりあったため、もし二人で歩いて行こうとしていたら、アメリカの何もない田舎道を炎天下の中キャリーケースを引っ張って道なき道を延々と歩く羽目になっていいたかと思うとぞっとした。車内では、同じく交換留学で来ている留学生やトランスファーとしてきている編入生と仲良くなった。特に、そこで知り合って友達になったテイト(アメリカ本土からの編入生でbiologyを専攻)と寮が同じということもあり、仲良くなった。(テイトは落ち着いた感じのとても話しやすいアメリカ人だったので、その後もよくキャンパスやジムなどでもよく話した。)しかし、社内での会話では、アメリカ人特有の早口でネイティブ同士何話してるのかわからず、とりあえず笑ってごまかしていたが、内心、ちゃんと英語で話せるようになるのかと一抹の不安を感じた。その後、寮につくと寮のオフィスの人に言われるがままサインをし、部屋に案内された。寮は一見小ぎれいな感じで少し安堵した。しかし、ここで思わぬ落とし穴が待っていた。シムカードを入れたはずのスマホが使えないのである。(正直、この時が一番焦った)同じ大学の友達が、別の寮に入寮していたため連絡が取れない、次に何をすればいいのかも特に知らされていなかったので途方に暮れた。とりあえず、何か行動を起こさなきゃと思い、ロビーへ向かうと奇跡的にWi-Fiがつながりようやく連絡が取れた。(余談だが、シムカードは契約初日には使えず、その翌日から使えることになっていたらしい。)友達と合流したのち、ご飯を探しに出かけた。幸い、徒歩15分くらいの所にセブンイレブンがあって(このセブンイレブンはかなり重宝した)、そこで米が硬くてカピカピになっているスパムお結び(ハワイではポピュラー)とカップラーメンを買った。しかし、このカップラーメンが最初のカルチャーショックになるとは知る由もなかった。硬いスパムお結びを食べ、到着後に学生委員会の人に連れて行ってもらったTarget(日本でいう大型スーパーみたいなもの)で買った湯沸かし器でお湯を注いでたべると、味がしない。おかしいなと思ってもう一口食べてみるとほのかな小麦の味がするだけで何も味がしないというのに驚いた。日本ではなかなか経験できない無味のカップラーメンというのが初日の印象だった。
二日目以降は、新入生オリエンテーションや歓迎会などに出席して友達ができた。そこで、初めて気づいたのは日本人留学生の多さだった。4割ほどが日本人で、韓国人、ヨーロッパの留学生など各地から来てはいたが、マジョリティーは、留学生の中ではアメリカ本土の人か日本人かというぐらい多かった。そのため日本人の友達ができる方が圧倒的に早く、同じ寮の人たちとは仲良くなった。学期の最初は、その日本人の友達とBCMというキリスト教のコミュニティーが無料で海に連れて行ってくれたりやバーベキューを行っているものに参加した。そこで、外国の留学生と仲良くなった。いろんな人がいて、全員と仲良くすることはできなかったが授業以外では、一番友達ができたコミュニティーであった。

年に一度のCounty fair。観覧車からの一枚。

留学中盤と授業

ハワイの生活に慣れ始めてきた10月上旬くらいには、だいぶ友達もできてきた。授業の中でも少し話す人たちがいて、ディスカッション形式の授業では毎回グループが決まっていたので授業外でもジムやカフェテリアで話す。この時期ぐらいに自分の留学生活に大きく影響を与える二人のキーパーソンたちと仲良くなった。一人目は、ビジネスのCritical Thinkingという授業で同じグループになった、ミルという65歳の男性である。彼は、ハワイ中のホテルにタオルやシーツなどを供給している会社のDirectorをしていて、ハワイに工場を2,3持っているといると教えてくれた。ミルとディスカッションをするのは、とても楽しかった。周りが学生だけだったので、表面的な理論や考えが多い中、ミルは自分が働いてきた(授業を受ける前に仕事をしているため、働きながら授業にでていた)経験を踏まえてディスカッションに参加し、いろいろな話をしてくれた。自分の上司のこと、実際に工場の責任者としての話、苦労などリアルで活き活きとした内容がディスカッション自体に深みを与え、自分自身も考え方にも大きく影響した。日本の大学では、中々授業中に働いている方々とディスカッションをするという経験はなかったので、新鮮だった。
二人目のキーパーソンは、ジェイコブ という21歳の男性である。彼の経歴は特殊で、飛行機が大好きな彼は、高校卒業後しばらくは航空会社で働いていた。その後、もっと専門的な知識を得るために同校へ入学してきた。私が彼とよく話していたのはダイニングといわれる食堂でディナーを取るときだった。ジェイコブは専門が心理学だったので、授業は一緒ではなかったが、彼の知識量にはよく驚かされた。経済・政治・文化・歴史など話のネタは尽きることなく、彼とはよく経済や政治についての議論をよくしていた。自分の専門知識もそうだが、彼の意見を聞くとなるほどと感心させられることも多く、アメリカ人の一般的な考えも含めてとてもいい時間を過ごすことができた。特にジェイコブはネイティブでも早口な方なので、最初にあったときは本当に何を言ってるのかわからず、何度も何度も聞き返したりして会話にならなかったが、話しているうちに段々彼の英語が聞き取れるようになってきて、自分のリスニング能力が少し上がったことを実感した。また、考え方の違いはやはり直接話さないと分かり合えないということも同時に感じた。お互いに、日本人は(自分自身の主観的な意見は入ってるが)こう考える、逆にアメリカ人は、どう思っているのかなどをすり合わせてみると、意外に似たような考えを持っている部分も多く、国籍を問わずじっくり話し合うことが文化間の差異を小さくする一つの方法であるということをジェイコブから学んだ。この二人との出会いは自分の留学生活をより深めるだけでなく、新たな知見を与えてくれる出会いだった。この二人だけではないが、特に様々な人との出会いに深く感謝をしている。
また、授業に関して言えば、特にビジネスのクリティカルシンキングとマネジメントの授業は、印象的な授業であったと思う。クリティカルシンキングは、ビジネスの授業に分類されていたが、内容としては主に考え方に関する部分が多くて、最初は、慣れない考え方やロジックに加えて、授業を通してずっとディスカッションの授業であったので会話の中で授業が進んでいくのに悪戦苦闘した。しかし、今となっては、この授業が一番自分を成長させてくれた授業だと思う。今までの考え方に加えて、新たな視点で物事を考えられるようになったことは自分の財産になった。また、マネジメントの授業に関しては、専門の経営に関しての知識を深めると同時にケーススタディーに重きを置いた授業を初めて経験した。ヒロ校の授業は少人数クラスが多く、先生と生徒の距離も近い。そのため、ケーススタディーの際も先生と生徒がディスカッションしていく中で授業を進めていくのは、新鮮だった。予備知識がなければ議論についていくことはできなかったので、予習をするのが大変だったが、今考えれば、あれだけ予習に時間を費やすことができた授業だったのでとても充実していた。

ジェイコブとの一枚。いろいろなことを彼から教わった。

まとめ

今回の留学は、二段階留学の一段階目であり、初めての一人暮らし、海外生活に戸惑うことも多かった。それに加えて、聞き取れない英語(これが最大の難関であった)や授業の予習復習の多さ、課題、テストとまさにてんやわんやの毎日であった。くじけそうになる時もあったが、今思い返せば、その一つ一つを乗り越えてこえてきた日々が自分を大きく成長させてくれたと感じている。短い期間なので、何をしなければいけないのか、何が足りてないのかを考えながら毎日を過ごすとあっという間に時間は過ぎていく。そういったことも含めて、ハワイ大学ヒロ校で学んだ経験は、かけがえのない財産であり、一生忘れられない経験になった。


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