デンマークの成人教育「ホイスコーレ」とは何か (飛田 新着2016)
ホイスコーレ論
目次
はじめに
1. エグモントホイスコーレン
2. 非公式成人教育としてのホイスコーレ
3. ホイスコーレの歴史と思想
4. ホイスコーレの多様化
5. ホイスコーレの代表的事例
6. 日本の「ホイスコーレ」
おわりに
はじめに
「ホイスコーレ」を知っているだろうか。日本人にはあまりなじみのない言葉であると思われる。私の留学先、「エグモント・ホイスコーレン」はこの「ホイスコーレ」のなかのひとつである。「エグモント・ホイスコーレン」の理解を深めるためにも、「ホイスコーレ」について説明していきたいと思う。
1. エグモントホイスコーレン
エグモントホイスコーレンは、伝統的なデンマークのフォルケホイスコーレである。フォルケホイスコーレは、政治、文化、言語、スポーツ、セイリング、アウトドア生活、芸術、音楽、メディア等の教科を学びながら、4~10カ月を過ごす寄宿学校である(Egmont Højskolen Homepage, ”Home” (2016年1月14日閲覧). https://www.egmont-hs.dk/en/)。エグモントはすべての人に対して開かれており、1/3~1/4の生徒は障害をもつ人々である。
エグモントはオーフスから約30キロ南にある、小さな海に面した町、「ホウ」にある。
エグモントには秋コースと春コースがある(Egmont Højskolen Homepage” (2016年1月14日閲覧).https://www.egmont-hs.dk/en/terms)。
春コース:1月初め~6月終わり
秋コース:8月初め~12月半ば
エグモントには世界各地からの生徒がいる。学校で使われる言葉はデンマーク語であるが、共通の連絡は英語に翻訳され、ほとんどのデンマーク人生徒は英語でコミュニケーションがとれる。エグモントの国際的な活動は主要な二つの地域に分けられる。日本と発展途上国である(本項目は、Egmont Højskolen Homepage, ”Foreign students”(2016年1月14日閲覧)を参照した。https://www.egmont-hs.dk/en/foreign-students)。
日本
エグモントは日本と強い結びつきがある。デンマークの文化、福祉、政治制度を近くで見るため、毎年日本人生徒がエグモントに来る。日本を体験するために、毎年デンマーク人生徒が二週間日本に行く。エグモントの活動は、日本の新聞でも報道されている(「希望新聞:東北大震災 デンマークのフリースクール、被災障害者・介助者を留学招待」『毎日新聞』2011年8月14日東京朝刊、26頁、 運動面。「セミナー:障害ある学生教育考える きょう憲政記念館で」『毎日新聞』2009年3月25日、 地方版/東京、 26頁。 「イベント:デンマークと高崎の障害者、気球体験などで交流」 『毎日新聞』2007年3月25日、 地方版/群馬、 28頁。)。
発展途上国
エグモントホイスコーレンはウガンダ、ガーナ、ネパール、そしてモンゴルにある障害者団体に協力している。毎年それらの団体の人々は歴史や福祉制度を学ぶため、そして彼らのコミュニケーション能力や組織の仕事を改善するためにデンマークに来る。彼らはグローバルスチューデントと呼ばれる。
エグモントはもともと、身体障害をもつ学生のために、the National Association of Disabledによって、1956年にデンマークに設立された(本項目は、Egmont Højskolen Homepage,“History” (2016年1月14日閲覧)を参照した。https://www.egmont-hs.dk/en/history)。1970年代以降、健常者も受け入れて共学体制となった。今日でもその体制は続いており、どんな人でも利用しやすいということが重要視されている。学校には多くの、特に障害をもつ人の要求に合わせてデザインされた部屋があり、近代的な機能をもった教室、食事、娯楽を提供する施設、ホームヘルパーサービス、講義室、ジム等がある。
2.非公式成人教育としてのホイスコーレ
ホイスコーレとは
デンマークのホイスコーレは非公式成人教育を提供している(本項目は、The Danish folk high school Homepage,“about >What is folk high school” (2016年1月14日閲覧)をまとめたものである。http://www.danishfolkhighschools.com/about)。多くの生徒は18~24歳であり(基本は17歳半以上なら誰でも入学可能)、典型的な滞在期間は4カ月である。学校で、睡眠、食事、学び、余暇の時間を過ごす。入学には学歴の必要なく、試験も存在しない。ただ、学校への参加の証明として卒業証書を受け取ることができる。
非公式成人教育とは
非公式成人教育の構想は、デンマークの哲学者、詩人、教育学者、聖職者である、N.F.Sグルントヴィ(1783‐1872)と自由な教育機会に関する彼の思想と関連づけられる。この構想は19世紀に発生し、そしてデンマークの教育システムの根本理念のひとつとなっている。授業は教師の意識と貢献によって特徴づけられ、教師と生徒間の相互の学びと対話に基づいている。重要視されているのは、挑戦的だが協力的な社会的環境の中で、それぞれの生徒の独自の能力を見つけ、強化することである。
3.ホイスコーレの歴史と思想
ホイスコーレの起源
ホイスコーレの構想は1830年代に出現した。設立の父はN.F.S グルントヴィ、神学者、作家、哲学者、歴史学者、教育者、政治家であった(本項目は、The Danish folk high school Homepage, “about > History” (2016年1月14日閲覧)をまとめたものである。http://www.danishfolkhighschools.com/about/history)。1800年代の初め、デンマークにおける啓蒙活動は絶頂期で、国内のロマン主義が発展してきていた。グルントヴィはこれらの考えに深く影響され、そしてイギリスの大学での個人的な経験の後、ホイスコーレの構想を発展させた。グルントヴィは社会で成長してきていた民主主義の要求‐教育を受けてないものと貧しい農民の両方を啓発する必要を確認していた。この社会的なグループは、大学や、その代替機関に入学するための時間もお金もなかった。ホイスコーレの目的は、彼らが積極的かつ必要な社会の一員としての資格を得る手助けをすること、下方から政治的状況を変えるための活動や方法を授けること、社会の格差を超えるための場所となることであった。
試験がないという考え方
この考え方は合議的な雰囲気や社会的階級を超えた小さなコミュニティーの中に共に住む生徒と教師の相互の尊重からきていた。学校でのこの雰囲気は重要であった。
歌うこと、読むこと、探求することによって、ホイスコーレの生徒は教育的な知識を得るだけでなく楽しい時間を過ごすことになる。国家の軸となる、言語、歴史、組織などを重んじる中での授業が中心となっていたが、それはその他様々な教科によって補充された。試験は禁止されていた。
教育における新しい方向性
グルントヴィは当時の学校教育に反対をした。1864年に起こった、プロセインと北ドイツ州に対する悲惨な戦争の後、デンマークの政治における保守主義は強まった。ホイスコーレ設立の運動は文化と教育の両方の保守的な理念に反対してつくられた。読み書きや机上の学問を重視する理念、一般市民に分からない言語の使用、そして基本的な関係が本と個人のみであるという保守的学校に反対する活動であった。ゆえに、この活動は伝統的な学校との論争として始まった。グルントヴィは大学のエリートに代わるものとして公教育のために戦った。ホイスコーレは社会全般を学びたい者のため、人々が人間関係や社会の一員になるのを助けるための場でならなければいけない。
ホイスコーレはすぐに他の北欧諸国におけるホイスコーレ運動を鼓舞した。今日、方向性はデンマークのものとわずかに異なるが、 強固なフォルケホイスコーレの伝統は他の北欧諸国でもみられる。ホイスコーレは時間とともに変化してきた。しかし、多くのグルンドヴィの中心の考え方は現在もホイスコーレの中に発見できる。
4.ホイスコーレの多様化
ホイスコーレのタイプ
デンマークには多くの異なる種類のホイスコーレがあり、それらは幅広くバラエティに富んだコースや、修学旅行、特殊な教科を提供する(本項目は、The Danish folk high school Homepage, “about > Types of folk high school” (1月14日閲覧)をまとめたものである。
http://www.danishfolkhighschools.com/about/types-of-schools)。約70ものホイスコーレが国中に広がっており、それらの多くは田舎、もしくは比較的小さな町にあり、 典型的に地方の地域の名をとって命名された。非常に古いものもあり、比較的新しめのものもある。大きく何百人と収容できるものもあれば、一方で30人かそこらの人数しか入らないところもある。 お金持ちのところもあればそうでないところもある。建築上とても美しいところもある。特に16歳半から19歳の若者のための学校や、年配者のための学校もある。
しかし、重要なのは外観ではなく、雰囲気である。過去数年間、平均して50000人がホイスコーレに参加した。言い換えれば、毎年デンマークの成人人口の全体の約2%がフォルケホイスコーレに通っていることになる。彼らの多くは数週間だけのコースに申し込んでいるが1年の.約21%は数カ月続くコースに参加している。
ホイスコーレは以下の7タイプに分類される。
Christian or Spiritual Schools
キリスト教の学校もしくは人生に対し宗教的なアプローチをする学校。
General and Grundtvigian schools
多くの規科目がある伝統的なホイスコーレで、ある分野もしくは様々な教科に没頭できる学校。
Gymnastics and Sports schools
体育に特別に重点を置いた学校。授業コースの約半分はスポーツに使われ、一方約半分は一般的教養で、様々な学科が選べる。
Lifestyle schools
ダイエット、エクササイズ、自己成長に重点を置いた学校。
Schools for Senior Citizens
生徒は年配者であること、そして一年を通し短めのコースに参加できる
Specialised schools
専門的なことや、一つの教科に重点を置く学校。しかし、学校の規則に従い、約半分は一般的なことを学ぶ。
Youth folk high schools (16 to 19 years)
16歳半~19歳までの若者しか入学できない学校。
A: General and Grundtvigian Schools
S: Specialized Schools
I: Gymnastics & Sports Schools
K: Christian or Spiritual Schools
L: Lifestyle Schools
S: Schools for Senior Citizens
U: Youth Folk High Schools (16 – 19 years)
5.ホイスコーレの代表的事例
5-1.Gymnastikhøjskolen i Ollerup
オレロップ体育ホイスコーレン(本項目は、Gymnastikhøjskolen i Ollerup Homepage, “welcome” (2016年1月25日閲覧)を参照した。http://www.ollerup.dk/?id=57)
場所
学校はフュン島南部の小さな町オレロップにある。最も近い都市はスヴェンボーで、バスで10分ほどかかる。
学生
ここ数年、アルゼンチン、オーストラリア、アフガニスタン、ベニン、ブラジル、カナダ、コロンビア、コスタリカ、チェコ共和国、エストニア、ドイツ、グリーンランド、アイスランド、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ノルウェー、ペルー、フィリピン、スロバキア共和国、スロベニア、スウェーデン、チベット、ベトナム等、その他多くの国から生徒が来ている。
学校のタイプ
Gymnastics and Sports schools
特徴
オレロップ体育ホイスコーレンはデンマークの教育者ニルス・ブックによって1920年に設立されたデンマークにおける最も古い体育の学校である。
外国人向けのコースにはタンブリング、跳馬、トランポリン、新体操、演技の課題、準備運動、バレエのような舞踏が含まれている。また、ダンスのコースを選ぶこともできる。異文化についての授業は、デンマークの歴史と社会の入門、民主主義政治についてのディスカッション、生徒同士による各国の生活状況の比較、世界政治における時事問題、施設等への訪問、生徒のプレゼンテーション、行事の計画、ミレニアム開発目標が含まれる。指導者のための教科もあり、教科の中心部分は体育、子供、若者、障害者等への授業、ワークショップの準備、典型的な技術トレーニング、チーム構築である。
学校ではバレーボール、ヨーロッパのサッカー、ハンドボール、野外生活やアウトドア活動や水泳も堤供する。
体育の教科に特化した学校である。また、生活についてもエグモントより厳しく管理されており、学校内での飲酒の禁止、消灯時間が11時、寄宿舎が男女別になっている。
5-2. Den Internationale Hojskolen
International People’s College
インターナショナルピープルズカレッジ(英語名)通称IPC(アイピーシー)(本項目は、Den Internationale Hojskolen Homepage, “About” (2016年1月25日閲覧)をまとめたものである。http://www.ipc.dk/about-international-studies-ipc/international-education-community/ )
場所
コペンハーゲン郊外のヘルシンガー
学校のタイプ
General and Grundtvigian schools
学生
生徒は毎春、秋入れ替わり、 たいてい30の異なる国から来た60~70人の生徒がいる。IPCに参加する動機は多岐にわたり、国際社会や国際文化への興味が理由で来る者もいれば、言語能力を向上したい者、また、開発やNGOの仕事について知ることに重きを置く者、もしくはある個人的な技能や専門的な技能を向上させたい者もいる。
特徴
インターナショナルピープルズカレッジ(IPC)は伝統的なホイスコーレである(本項目は、Den Internationale Hojskolen Homepage, “Subjects & Classes” (2016年1月25日閲覧)をまとめたものである。http://www.ipc.dk/spring-autumn-terms/subjects-classes/)。しかし、他のホイスコーレと比べると、デンマークやデンマークの伝統よりも、国際的な学習や世界全体に焦点を当てている。30以上の異なる国々からの生徒がIPCを文化的な「るつぼ」にしており、共に生活し世界中からの文化や人々を学ぶことができる。そして、それが学校の狙いでもある。スポーツに特化した学校、芸術に特化した学校があるが、IPCは文化的な出会い、国際理解、そして国際的な知識に重点を置いている。
IPCでの年間スケジュールは2つの期間に‐ひとつは春に(24週)もうひとつは秋に(18週)ある。これよりも短い期間参加することも可能である。
全ての授業は英語で行われる。内容や全体的な目的によって授業は3つのカテゴリーに分けられる Global Challenges, Global Life & Living, そしてGlobal Tools 4 Changeである。ひとつのカテゴリーから全ての科目を選ぶ必要はなく、与えられたカテゴリーから一定数科目を選ぶ必要もない。 生徒は好きなように授業を選ぶことができる。
5-3. Den Skandinaviske Designhøjskole
the Scandinavian Design College(英語名)
スカンジナヴィア・デザインカレッジ(本項目は、Den Skandinaviske Designhøjskole Homepage, “welcome” (1月30日閲覧)をまとめたものである。http://www.designhojskolen.dk/en/velkommen/)
場所
ユラン半島北東部
学校のタイプ
学生
特別な資格がなくても学校は誰でも入ることができる。ただし、外国人の学生数は限られている。
特徴
伝統的なホイスコーレでの生活とデザインの組み合わせは非常に特殊である。デザインは開かれた態度と、他の人間と関わることを要求する。そして、これはホイスコーレの生活においても必要不可欠なものである。
デンマーク人でも外国人でも滞在することができるが、 学校で使われる言語は主にデンマーク語である。
学校は4つのデザインの科目(Graphic DesignとFashion and Textile DesignとFurniture, Room and Product Designそして Architecture)における非常に強固な基礎と、一方で多様な生活技能も提供する。
6.日本の「ホイスコーレ」
デンマークのホイスコーレとは異なるが、ホイスコーレをモデルにしてつくられた学校や似た施設を紹介する。
6-1. 愛農学園農業高等学校
場所
三重県伊賀市
学生
一学年25人で一クラスのみ。男女共学。
特徴
愛農学園農業高等学校は日本で唯一の私立の農業高校で、全寮制の学校である(本項目は、愛農学園農業高等学校オフィシャルサイト(2016年1月25日閲覧)をまとめたものである。
http://ainou.or.jp/gakuen/index.htm)。小谷純一が創設した「愛農塾」(当時の日本におけるホイスコーレ)から派生した。農業教育に特化しており、農業実習や学校でも朝夕に農業管理作業が行われる。学校は聖書にもとづく人格形成を中心としており、毎朝の礼拝がある。農業自営者となるための高等普通教育、農業者に必要な専門教育を施し、『日本の農業を興すとともに、進んで世界平和と人類の福祉に貢献する人材を養成すること』を目的としている。
6-2. 特定非営利法人共働学舎
場所
新得共働学舎 北海道上川郡新得町
寧楽共働学舎 北海道留萌郡小平町
信州共働学舎
『立屋共働学舎と真木共働学舎の2つを信州共同働舎と呼ぶ。それぞれ、長野県北安曇郡小谷村立屋と真木にある』
学生
一か所に最大で20人程度。
特徴
『農村の自然の中で、農業と工芸を主体とする生産的勤労生活をしている。農薬、科学肥料に頼った農業とは異なる試みをしている。しかし、昔からの農業をそのまま実行するのではなく、酵母を使った肥料、土づくり、活性炭の利用などを研究している。パンやクッキー、バター、チーズ等の加工食品も添加物を使わず作っている。農閑期は室内で織物、編物、刺繍、とうもろこし人形作り、木工、陶芸、絵はがき印刷などの生産をする。』
6-3. NPO法人阿蘇フォークスクール
場所
熊本県阿蘇郡高森町
学生
特になし
特徴
『阿蘇フォークスクールは旧上色見小学校を拠点としている(本項目は、NPO法人阿蘇フォークスクールホームページ(2016年1月25日閲覧)をまとめたものである。
http://asofolkschool.eco.to/)。2003年、旧上色見小学校の閉校を機に、昔ながらの原風景を持つ木造校舎を後世に残そうと、地元の卒業生や工芸家、作家などが集まり、「NPO法人阿蘇フォークスクール」が設立された。』
『フォークスクールとは、「民衆の学校」を意味し、デンマークで始まったフォルケホイスコーレに由来する。先人達の暮らしの知恵や文化を学ぶ場を提供する事を大きな目的の一つとしている。体験講座、生涯学習の場、及び施設活用に関する事業を行い、クラフト体験や作家との交流、からくりおもちゃ館や絵本コーナーなど、日常的に楽しめる活動を提供している。寄宿制ではなく、行われる体験講座に参加する。』
おわりに
「ホイスコーレ」は時代とともに多様化し、説明したような、体育に特化した学校、芸術に特化した学校もあるが、グルントヴィの思想は各学校に残っている。「エグモント・ホイスコーレ」でも、試験や学歴は求められず、授業は対話を重視して行われていた。教科書を見て授業をするということはなかった。また、「ホイスコーレ」は日本人にはあまり知られていないが、その影響を受け、作られた学校や施設が日本には何か所かある。「ホイスコーレ」という名前ではないにしろ、その思想が学校の中で見られると思う。