米国 オレゴン大学 交換留学 (岩井 新着2015)
オレゴン大学(University of Oregon)(大学間協定校・交換留学)
経済学部経営学科3年岩井信富
留学先
オレゴン大学(University of Oregon・アメリカ合衆国オレゴン州ユージーン)
期間
2016年9月~2016年12月(1ターム)
留学の種類
大学間協定校・交換留学
志望理由
・外国で暮らしてみたかった
・人種の坩堝である米国で様々な文化と触れ合いたかった
・1人で生活してみたかった
費用(概算)
留学前・中でのスケジュール
オレゴン大学 志望動機
①留学するなら本場のアメリカの大学が良かった
②アメリカは経済・経営の学問が進んでいると聞いた
③自分のTOEFL iBTのスコアで行ける範囲で選んだ(この理由を面接で述べると大変なことになります。気をつけましょう)
留学準備
①ビザ
オレゴン大学から入学許可証と共にDS-2019というJ-1ビザを取得するための書類が届いたので、J-1ビザを取得した。手続きはインターネットで申請書を提出した後、郵送でパスポートなどを提出し、円山公園の総領事館で簡単な面接を行い、発行された。
②お金関連
基本的にクレジットカードを用いて生活した。クレジットカードは両親が使用している家族カードをもう1枚発行し、それを持って行った。もともと個人のカードも持っていたが、学生なので限度額があり、米国用に限度額が高い家族カードを使用した。また予備として米国で現金を下ろせるようにりそな銀行の海外で使えるデビットカードを作り、持っていったが使わなかった。現金は出発時に成田空港で2.3万ほどをドルに替えたが現金はそれで足りた。
③携帯
留学期間が4ヶ月程であったので、日本で使用しているもの(au)をそのまま持っていった。基本的にWi-Fiのみで生活した。大学構内、寮内は大学のWi-Fiが飛んでいたので困ることはなかった。どこかに遠出する際に携帯が必要な際はauの1日980円でネットが使えるサービスを利用した。
ユージーンとオレゴン大学(UO)
オレゴン大学がある都市ユージーンはポートランドからバスで2.3時間のところにある人口20万人弱の都市である。基本的には小さな町である。公共交通機関としてバスがあり、オレゴン大学の学生は無料で乗ることができる。基本的にはほとんどの住民は自家用車で移動しており、学生も車を持っている学生はクルマで移動している。オレゴン大学のキャンパスはダウンタウンから歩いて20分ほど、バスで4.5分のところにある。敷地は広大であり、多くの学生は学内を自転車で移動している。学内にはキャンパス、寮、グラウンド、ジム、体育館、野球場、陸上競技場、アリーナなど多くの施設があり、とても規模が大きい。陸上競技場では2021年に世界陸上が開催される予定である。また大学から川を挟んで反対側にサッカー場、野球場、アメフトのスタジアムなどがある。オレゴン大学のアメフト部は強く、町の誇りとなっている。実際に1万人ほど収容のスタジアムには多くの町民が詰めかける。オレゴン大学はユージーンの中心的存在であり、町ぐるみでオレゴン大学のカレッジスポーツを応援している
授業
① BA316 MANAGEMENT: VALUE THROUGH PEOPLE
(4単位・成績B)
マネージメントの授業である。授業内容は単位互換を考えて、300番台の授業を履修した。内容は組織のリーダーとしてどのように行動し組織をうまくオーガナイズしていくかという授業であった。2回の定期テスト、グループプレゼンテーション、グループプレゼンテーションの3つが成績の多くを占めた。毎回授業で扱う内容の予習が必要であり、それに大変多くの時間を割かれた。教員はエジプト出身の人であり、ネイティブでない分、変な癖が無く話は聞き取りやすかった。また質問にもいつも丁寧に答えてくれ良い先生であった。グループワークは各班1つ企業を決め、それに関してリサーチしレポートを書き、発表するというものであった。自分の班は地域のカフェを対象にし、実際に店のマネージャーにインタビューを行いレポートを作成した。中間、期末のテストはほとんどの内容が選択でなく記述の形式であり、とても苦労したが点数は良かったので問題は無かったのであろう。
②BA 317: Introduction to Marketing
(4単位・成績B⁻)
マーケティングの授業である。4PやSTPに焦点を当て、製品作りから流通、販売、宣伝までどのように他社に優位性を持つかを学んだ。2回の定期テスト、グループプレゼンテーション、グループプレゼンテーションの3つが成績の多くを占めた。毎回授業で扱う内容の予習が必要であり、それに大変多くの時間を割かれた。教員は女性の先生であった。定期テストは中間、期末といずれも全て選択問題であり、とても楽であった。グループワークは2回のレポートと1回のプレゼンテーションがあった。1回目のレポートではHydro Flask という水筒に関して、4Pや、SWOTの分析を行った。2回目のレポートでは新しいHydro Flask の水筒を考案し販売戦略までを考えるというものであった。そして2回目のレポートで考えた自分たちの班の製品に関してプレゼンテーションを行った。プレゼンテーションは服装がフォーマル指定であったためスーツを着用して行った。このグループのメンバーとはとても仲良くなり、プライベートでも遊びに行く仲になったので個人的に良い授業であった。
③ EC 311: INTERMEDIATE MICROECONOMIC THEORY
(4単位・成績C∔)
ミクロ経済学の授業であった。授業に行き、講義を聞き、宿題をやり、2回の定期テストを受けるという日本と特に変わらない授業スタイルであった。
④ Soccer Ⅲ
(1単位・不可)
履修できる単位が1つ余ったので余興として好きなサッカーの授業を体育といて履修した。張り切りすぎて初回の授業で肉離れを起こし、規定の回数以上休んでしまい不可となったが、とても楽しくサッカーができ日々の勉強のリフレッシュにもなり履修して良かった。欧米人は(色んな国籍の生徒が居た)日本人と比べて長くボールを持ち、自分でシュートまで持っていこうとする意識が強かった。体格が良く小柄な自分は当たり負けしたが、一瞬のターンのスピードなどは日本人の自分の方が速かった。使い古された指摘だが、そこに違いを感じた。
オレゴン大学では以上の授業を履修した。注意したいのは専門レベルの科目は履修に基準が設けられていることである。(prerequisite)。自分は単位互換のことを考え、300番台の授業を履修しようとした。日本で履修登録しようとした際、自分はこれが満たされておらず、サイト上では教養レベルしか登録できなかった。すぐにメールで連絡を取り、自分が北大で履修したこれまでの科目と成績を英文にして送り、専門レベルの科目の履修も許可してもらった。このようなこと考え、履修に関しては早めに動いたほうがよいだろう。全体の成績としてはB(優)B⁻(優)C∔(良)という日本に居たときよりも高い成績を取ることができた。
大学生活
大学では寮に入寮しそこで生活した。寮は2人部屋で同部屋のルームメイトは中国人であった。寮の部屋にはベッドと机が2つあるだけであり、トイレとシャワールームは各階に共用のものがあった。お風呂が大好きな自分にとてはシャワーのみの生活はいささか苦痛であった。またシャワーによって温度、水圧に当たりはずれがあった。寮は大学構内にあるため、授業に行くことはとても楽だった。日本では1時間以上かけて大学に通っていたことを考えると部屋から10分ほどで教室に到着することには感動を覚えた。現地の学生は1年生の時、または1,2年生の時のみ寮に入り、それ以降は大学周辺のアパートなどに住むことが一般的であるようである。ルームメイトとは普段は授業のスケジュールなどが異なり、頻繁に顔を合わせることはなかったが、日本のアニメが好きらしくたまに日本のアニメや音楽について楽しく話したりした。寮の他の部屋の住人とも、メジャーリーグの話など色々な話をするなど楽しく過ごした。オレゴン大学には多くの日本人学生がいた。特に協定を結んでいる早稲田、明治、関西大学の学生はかなりの数がいた。対して北大生は自分1人であった。日本人は多かったが、彼らは同じ大学同士で固まっていたので他の日本人とそんなに仲良くなることはなかったので良かったと思っている。オレゴン大学は日本語教育が盛んであり、日本人の先生もいた。日本語のクラスはボランティアを募集しており、自分も週に1回のペースで日本語のクラスに出席し、日本語を学ぶ生徒の話し相手役を務めた。またそのクラスで友人も多くできた。また、毎週金曜日にはコーヒーアワーといういろんな国の学生が集まって交流する催しものがあり、そこでも色んな学生と交流し、友人ができた。平日は基本的に授業とその予習、復習に追われ、土日に友人と遊びに出かけたりするという生活を送っていた。マーケティングのクラスで仲良くなった友人とユージーンの色々なスポットを回ったり、日本語のクラスで仲良くなった友人と色んなレストランに行ったり。また、大学主催のツアーでNBAやMLSの試合を観戦したり、サンクスギビングの連休にはポートランドを観光したりと週末は充実した時間を過ごせた。期末試験の終了日と帰国の便まで数日の期間が空いたのでロサンゼルスを旅行することもできた。ロサンゼルスは有名な観光地が多くあり、とても楽しかった。勉強ばかりしていた印象があったが、こうして振り返ると色々な遊びもできていたと感じる。
食生活
北大のミールプランのようなものがオレゴン大学にもあり、それに加入して基本的に大学の学食で食事をとっていた。オレゴンの大学の学食はバラエティーが豊かであり、ハンバーガーの店、バイキングの店、ピザの店、ブリトーの店など種類が豊富であった。しかし、徐々に味に飽きたり、遠くの学食に行くことが面倒くさくなり毎日一番近いハンバーガーを提供する学食に通っていたところ、日本に居た頃より6キロも体重が増えてしまった。大学の周辺には韓国料理、中華料理、日本人が経営するラーメン店などがあり、留学終盤には本当にアメリカの食事に飽きていたのでその辺のお店をヘビーローテーションしていた。アメリカのお菓子は味が大味なものが多く、甘い物はとことん甘い、しょっぱいものはとことんしょっぱいといった印象を受けた。お菓子が大好きな自分は毎日色んな種類のお菓子を買って食べ比べを楽しんだ、一番美味しかったのはチョコのマフィンのお菓子でまとめ買いして毎日1つか2つ食べていた。このお菓子は帰り際に大量購入して日本に輸入しようかと考えたが、スーツケースの空きを考えて断念した。今でも食べたいと思っている。日本のお菓子もいくつか売っていてポッキーやえびせん、きのこの山などがあった。なぜたけのこの里がないのかは甚だ疑問であった。
大統領選挙
自分が留学中にちょうど大統領選挙がありました。選挙前ですが、はっきり言って全くと言っていいほど盛り上がっていませんでした。オレゴン州は激戦州と違い、民主党の地盤であり多くの人がヒラリーに入れるため選挙活動は全く見かけませんでした(日曜日に数人のトランプ支持者がショッピングセンター近くでアピールしていたくらいです)。友人もあまり興味がなさそうで、聞いたら多くの人が「どっちも嫌だけど、トランプは絶対嫌だ」と答え、消去法でヒラリーと言っていました。自分は「ああ日本と変わらないな、こんなものか」と感じていました。選挙当日ですが、自分は授業後に寮のラウンジでABCの選挙番組を見ていました。最初は自分ともう1人しか居なく、やはりみんな興味がないのだなと思っていましたが、トランプ優勢に連れて徐々に人が集まり出しました。そしてトランプ勝利が確実になった時、多くの学生が外で騒ぎ始め、トランプを非難するデモに発展しました。自分もデモに付いて行ったのですが、数百人の学生がトランプを非難するコールをしながら学内を練り歩き、共産党カラーの赤い帽子を燃やしたりしていました。その後、デモ隊は学校を出てダウンタウンに向かい、車道を占拠し通行する車を叩いたりしながら、街を練り歩いていきました。学校に戻った後は、何人かの学生が代表してスピーチをしたりしていました。数百人から千人近くの学生が集まっていました。警察もべったりデモ隊にくっついていて深夜にも関わらず異様な雰囲気でした。基本的にこの地域の人々はトランプ大統領誕生に強い嫌悪感を抱いているようです。一夜明け、今日も小規模なデモが行われていたり、明日も大規模なデモが予定されています。授業と被って見に行けないのが残念です。日本では若者が選挙に対してここまで感情を露わにすることはないので衝撃を受けました。また、学内に黒いマスク(レイシストを表す?)の怪しい不審者が現れたり、警察がパトロールを強化していたりと不穏な雰囲気です。大学からも注意喚起のメールが来ています。友人からはあまり迂闊な発言をすると危ないと注意をされました。このような歴史的な瞬間に立ち会うことができ、とても貴重な体験ができたと思います。
感想
1タームという短い期間であったが、初めて異国で1人で生活し、現地の学生に混ざって授業を受けるという経験はとても貴重であった。英語力に関しては行く前よりは向上したという自信はあるが、かなりの高水準に達するには1年ほどの留学が必要ではないかと考える。しかし、やはりアメリカには色んな国から学生が集まってきており、その学生たちと交流したり、現地で生活して日本との違いを見つけたりすることはとても楽しかった。今回の留学をさせてくれた両親や高井先生、北海道大学の職員の方々、オレゴン大学の方々、友人には深く感謝したい。