ワルシャワ経済大学・ワシントン大学 交換留学体験記 経済学部経営学科4年 田村悠人

アメリカ・オセアニア, ヨーロッパ

目次

ワルシャワ経済大学

1. はじめに

2. 留学準備

3. 費用

4. スケジュール

5. 1週間の時間割

6. 現地生活

7. 大学・授業・研究活動

8. 言語とコミュニケーション

9. 留学中の印象的な出来事・活動

10. 留学を通じて得たこと(学び・成長・今後の展望)

11. これからワルシャワ経済大学へ留学を考える人へのメッセージ


ワシントン大学

1. はじめに

2. 留学準備

3. 費用

4. スケジュール

5. 1週間の時間割

6. 現地生活

7. 大学・授業・研究活動

8. 言語とコミュニケーション

9. 留学中の印象的な出来事・活動

10. 留学を通じて得たこと(学び・成長・今後の展望)

11. これからワシントン大学へ留学を考える人へのメッセージ

おわりに 二段階留学を経て




ワルシャワ経済大学
Szkoła Główna Handlowa (SGH) Warsaw School of Economics

1. はじめに

私はポーランドのワルシャワで3年生の9月から2月までの一学期、Warsaw School of Economics・ワルシャワ経済大学へ交換留学に行った。 本学を選んだ理由は元々ヨーロッパへ行きたく、協定校を探していたところ経済学部局間協定校の中で本学を見つけたので興味を持った。ちょうどその頃『戦場のピアニスト』という映画の中で戦場と化し、焼け野原になったワルシャワの姿を見て衝撃を受け、実際にワルシャワに住んでどう復興したのか学びたいと思ったのが決め手となった。また、本学は単科大学であるため特にヨーロッパ地域の経済学を学ぶ上で適した環境だと考えたのも理由の一つである。


2. 留学準備

  出発前はまず英語のスコアをTOEFL iBTを一度受けたが目標のスコアに全く届かずに、先輩に相談したところ、IELTSを勧められ、模試を試しに受けてみるとこの試験の方が合っていると感じたのでIELTSに乗り換えて一発で目標スコアに届いた。念の為TOEICでも英語スコアを取得した。ビザは必要書類が多めで滞在先の証明書の発行を本学に申請して届くまで時間がかかるので早めの申請を推奨する。ビザは一ヶ月前に東京の大使館まで行って申請したのち、1週間程度で届いた。住居はEU圏外の交換留学生だと大学の寮に住むことができたのでそのまま案内に従って申請した。保険は学研災の海外留学保険と北大に指定されて強制加入のJ-TASという保険に加入した。渡航前の費用は渡航費が往路9万円程度で保険は合計6万円ほどであった。ビザ申請の費用はかからなかった。奨学金はJASSOと新渡戸カレッジフロンティア基金奨学金を併給して頂いた。不安だったことは乗り継ぎができるかどうか、入国できるかどうかであったが、意外とスムーズにどちらもできた。


3. 費用

奨学金:JASSOと新渡戸の併給で約12万円/月

往復渡航費:約17万円

留学保険:約6万円

ビザ申請費:0円(東京の大使館に行く必要あり、交通費除く)

家賃:約2万5千円/月

食費:約3万円/月(自炊分)

交通費(国内の交通機関は学割で半額)

20分券:約70円

75分券:約100円

ワルシャワ市街地の3ヶ月定期券:約5000円

スーパーの食材は日本と同じくらいで、パンはとても安い。ただ、百均のようなお店がないためモノの値段は日本より高かった。


4. スケジュール (SGHとUW共通)

2年生

10月 TOEFL iBTを受けるも目標点に届かず先輩に相談、IELTSを受験することに

11月上旬 IELTSで目標点を達成し、ワルシャワ経済大学に応募する

1月 SGH審査通過、応募できる奨学金を探し、とにかく応募

3年生

4月 国際交流科目を履修、ポーランドからの交換留学生に出会う

7月 ワシントン大学交換留学応募

8月 ポーランドビザ申請・取得、航空券取得

9月 ポーランド渡航

    UW審査通過

1月 アメリカ往復航空券取得

2月 帰国

3月 ビザ申請・取得

    アメリカ渡航

4年生

6月 帰国


5. 1週間の時間割



6. 現地生活

  住居は先述のようにキャンパスから徒歩5分程度の学生寮で家賃は2万5千円ほどであった。各部屋ダブルルームで最初は台湾人がルームメイトだったが、いびきが異常でコーディネーターに部屋を変えるように頼み、一回目は受け入れられなかったものの、チェックインして1週間後の二回目に録音を持ち込んで頼み込むと変えてくれた。次のルームメイトは両親がポーランド人のイギリス人でポーランド語も英語も堪能で、言語学習のサポートをしてくれた。

現地の生活で驚いたことは首都とは思えないほど時間がゆっくり進んでいるように感じたことである。公園に行くと市民が芝生に寝ながら本を読んだり、犬と戯れたり、週末にはショパンの曲の演奏会が行われたりと東京と比べると穏やかな生活が送れると感じた。交通機関はメトロ、トラム、バスと多様でバスの深夜便もあるところが便利だった。三ヶ月の定期券が5000円ほどで購入できたので大変お得だった。しかし、ポーランドはカトリックが根付いているため日曜日はほとんどの店が閉まっていたため大変不便に感じた。また、教会は大変豪華な建築で、教会に通って瞑想を行い、心を落ち着かせていた。

都市としてのワルシャワを紹介すると、人口は札幌と同程度だったため過ごしやすかった。また、ヨーロッパで一番高層ビルが多い街らしく、SNSではヨーロッパのニューヨークと紹介されていた。それに対して旧市街もあり、それらは戦後復元されたもので、伝統的な側面も遺されているところに感銘を受けた。繁華街には共産主義時代に建てられたタワーもあり、様々な要素が融合した街だと言える。

食事は基本的に自炊をし、アジアンスーパーで日本米の5kgを1800円ほどで手に入れられたので毎日鍋で炊いて食べていた。日本では実家住みだったので最初こそ苦労したが、簡単なレシピを探して慣れていった。買い物はBiedronkaというスーパーが1番安いのでそこで買い物をした。あとは100円均一のような店がないのでモノは高かった。少し高いもののPepcoという店で日用雑貨を買い揃えた。


7. 大学・授業・研究活動

 以下に履修した授業とその横に成績(5点満点で0.5点刻み)、またその概要を箇条書きで記す。

  • Americanization – why do People Hate America? [5.0]

アメリカの国際的行動がなぜ批判されるのかを多面的に探り、経済、外交政策、ポップカルチャー、環境問題を中心にアメリカナイゼーションの影響を学んだ。具体的には9.11後の中東問題の概要やNATOやUNなど国際機関の中での立場、米企業の世界への影響などを学んだ。私は「イスラエルとアメリカの関係」、「イーロンマスク」についてそれぞれプレゼンテーションを行い、「アメリカの介入主義は21世紀の世界を平和にしたのか」、「サムエル・ハンチントンとフランシス・フクヤマのどちらのポスト冷戦観が納得できるものか」についてそれぞれエッセイを書いた。

  • Developing Countries: Challenges of Economic Development [5.0]

開発後進国がなぜ経済的に発展できないのかを多面的に学んだ。私はバングラデシュのケースを例にあげて異常気象が経済発展を阻んでいるということについてプレゼンテーションを行った。あとは期末テストで評価が決まった。

  • European Economics [3.0]

その名の通りヨーロッパ経済を学んだ。ヨーロッパ内の経済モデルの分類を学んだ。期末テストのみで成績評価された。成績は低いものの、中東欧諸国のソ連崩壊後の経済政策の分類を学べたので大変興味深かった。

  • Global tourism market [4.5]

観光業のトレンドを主に学んだ。特にポストコロナ時代のトレンド予想やオーバーツーリズムなどの観光業の問題点を学んだ。成績評価は二人一組の共同レポートと期末テストに基づいた。

  • Management in International Business [5.0]

その名の通り企業が海外進出する手段を学び、それぞれの方法のメリット・デメリットを踏まえて海外展開の戦略の立て方を学んだ。成績評価は「ポストコロナ時代の世界経済はどうなるか」というテーマについてのエッセイと中間・期末テストであった。

  • Multinational Firms in the World Economy [4.5]

レクチャーの内容は直前の講義と似ていたが、グループプロジェクトが大変興味深かった。プロジェクトはドイツと中東欧諸国の関係を海外直接投資のInflowとOutflowからUNCTADのサイトを見て分析した。

  • Sustainable Development [5.0]

『Developing Countries』の講義と同じ教授によるものだった。持続可能な開発の事例を調べて発表した。私はカーボンニュートラル実現のための各国の取り組み、計画を比較した。

  • World Economy [4.0]

世界経済について世界を州ごとに分けてそれぞれに焦点を当てて学んだ。時事的な内容が多かった。成績評価は期末テストのみであった。

 授業方法の違いで感じたのは北大よりプレゼンテーションなどの授業内での発表による評価が多いと感じた。北大では経済学部生は多いのにも関わらず授業の種類が少ないためみんなが同じ講義を取って大人数で一方通行の講義が多く、レポートやテストでの評価が多かったが、本学は単科大学で講義の種類も豊富にあり、履修生の上限があったので少人数での講義が多く、その分プレゼンテーションなどによって生徒が発言する機会が多かった。また、同じ講義でもポーランド語と英語の両言語で開講されている場合が多くあり、北大のように留学生と現地生が同じ講義をとるケースはあまりなかった。

 自分が苦労した点は、先述のようにプレゼンテーションが多くあり、グループプレゼンテーションを含めると八回も行い、かなり大変だった。毎週のようにプレゼンテーションがあったので慣れたように思えるが、一回のプレゼンテーションにかける時間が少なくなってしまい、原稿頼りになってしまった。英語のプレゼン力は上がったかもしれないが、まだ成長の余地はあるといったところである。少し話題が逸れるが、ポーランドではコンマを小数点として使うため、違和感があった。グループプレゼンテーションのスライド作りでポーランド人のメンバーが数字をそう表記していたことをきっかけにその違いを発見した。

 また、授業を通じて他の学生と交流する機会も多くあった。グループプレゼンテーションやグループエッセイなど協働する機会が多くあり、盛んに議論を行った。

 総合的に成績は客観的に優秀ではあったが、要因は3つあると考える。一つ目は、勉強に集中できる環境だったからである。日本にいると課外活動やアルバイトで時間が取られて時間に余裕のない生活を送っていたが、そういった課外活動に費やしていた分勉強に時間を割いて授業内容を把握できたのが大きかった。ちなみに授業中に一発で授業内容を理解できることは稀だったので配布資料を読んで復習を欠かさなかった。二つ目は、生成AIの活用である。正直これがなかったら留学中の学習は困難を極めていたと考えている。合計八回のプレゼン資料を作成したが、生成AIのおかげで資料作成の時間を大幅に削減できた。具体的に言うと、まずプレゼンテーマに沿ったブレインストーミングを行ってプレゼンの方針を決める。そして自身でwebサイトを参照してスライド作成をした。最後にその要約をプロンプトとして入力し、生成AIにスクリプトを作成して貰った。正直最後の方法は時間削減のための苦肉の策だった。三つ目は、単純に評価の付け方が甘かった。英語で授業を受けている生徒は留学生が多かったため評価が甘かったと感じた。もちろん学習に力を入れたがこの3つが好成績の要因だと考察する。


8. 言語とコミュニケーション

 普段の授業は英語で行っていたのに対し、生活では挨拶はポーランド語、何か尋ねるときは英語を使用していた。ポーランドのほとんどの若者は英語を話し、コミュニケーションで困ることはあまりなかった。

 言語面で苦労したことはイギリス訛りの英語を聞き取ることである。ルームメイトはイギリス人だったが、幼い頃はオーストラリアに滞在していたこともありイギリス訛りはあまり強くなかったものの隣人のイギリス人は訛りがひどく、最後まで完璧に聞き取ることはできなかった。隣人だったためあまりコミュニケーションを取る機会がなかったというものの、これはポーランド留学での一つの後悔である。

 現地の人々とのコミュニケーションを通じて気づいたことは、当たり前かも知れないが挨拶をすると笑顔で返してくれる暖かい人が多かったことである。また、他の欧州の国よりは穏やかな人が多かった印象である。


9. 留学中の印象的な出来事・活動

 思い出に残っている授業は「Multinational Firms in the World Economy」である。この授業の4回に渡るプレゼンテーションを通してドイツ企業と他ヨーロッパ諸国との関係を詳しく学んだ。また、海外直接投資(FDI)の役割とFDIの実際の流れを知ることができ、学びが大きかったという意味で印象的だった。

 印象的なイベントとしては独立記念日の集会が挙げられる。地下鉄はいつもと異なるラッピングで、街に行こうとすると東京の満員電車くらいの混雑具合だった。みんなポーランドの国旗を持って集会、行進に参加し、日本ではない光景だと思って衝撃を受けた。二回領土を失っているからこそポーランド人としてのアイデンティティを再確認するためのとても大事な行事であり、歴史の重みを痛感した。

 旅行については、ポーランドの他の都市に多く訪問でき、どれも印象的である。学生は国内の公共交通機関をすべて半額で利用できるのでとてもありがたかった。『地球の歩き方』を持っていったので各都市の知識を入れて訪問できたので毎回有意義な時間を過ごせた。私が訪問した都市の概要を時系列順で以下に述べていく。

  • ルブリン:アウシュヴィッツより大きな強制収容所がかつてあった街
  • ソハチェフ:ショパンの生まれた街
  • クラクフ:日本でいう京都のようで、ワルシャワの前の首都。歴史的な街並みで世界遺産が周辺に多くあり、アウシュヴィッツや塩鉱が代表例
  • ヴロツワフ:WWII前はドイツ領だった街。町中に小人の像がある
  • ザコパネ:南部のタトラ山脈の麓の街。スキーなどができる
  • ポズナン:ポーランドの最初の首都
  • グダンスク:数少ない海に面した街でWWIIが始まった場所である
  • トルン:コペルニクスが生まれた街

 私が住んでいた寮は現地生とEU圏外の交換留学生しか住めなかったため、ルームメイト以外の友達はアジア系が多く、彼らと仲良くなった。彼らとは一緒にクリスマスマーケットに行ってスケートをしたり、ザコパネに行って泊まり込みでスキーをしたり、街のパブで飲みに行ったりした。また、北大の国際交流科目でクラスメイトだったポーランド人の友達とも再会を果たした。

 しかし、総合的に交友関係を作ることに失敗したと考えている。今述べた友人と仲良くなったのも留学の終盤で、現地の友人もあまりできなかった。というのも渡航直後に歓迎パーティが開かれていて私も参加したのだが、毎晩ナイトクラブに行くようなもので時差ボケや雰囲気についていけなかったのが原因であまり馴染めなかった。本学へ来る留学生はErasmusと呼ばれるヨーロッパ内の留学プログラムを通して留学に来る生徒が多いため、ヨーロッパではクラブに行って踊る文化が根付いていて、カルチャーショックを受けた。キャンパス内でもクラブイベントを開くほどだった。そこでヨーロッパの友達を作るハードルが高いと感じてしまったため、積極性を失ってしまった。加えて私は英語力に自信がなかったため、それも積極的になれなかった要因だと考え、後悔している。


10. 留学を通じて得たこと(学び・成長・今後の展望)

 留学を通じて「人種」は良くも悪くも切っても切り離せない関係だと感じた。人種が同じということは、地理的に近い関係にある場合が多いということであり、文化なども遠い国よりも理解が深いため仲良くなりやすいと感じた。ポーランドはスラブ系国家であり、アジア人である私は少し浮いているようにいつも感じていた。自意識過剰なのかもしれないが、居心地が悪いと感じてしまった。日本に暮らしていて外国人に出会う感覚を想像すると、尚更そう思わせた。一方で、その裏返しで思ったことは近隣国との友好関係の重要性である。ポーランドが隣国に二度侵略されたという歴史を学んだというのもあるが、全く異なる文化の土地で、アジア人の存在は安心材料の一つだった。多様性はもちろん大事だが、政治的にも近隣諸国との友好関係で国の方針に大きな影響を与えると感じたため外交の重要性を再認識し、日本の政治に興味を持つ良い機会となった。

 また、日本の世界への存在感を感じる良い機会になった。日本でポーランドについて聞いてもあまりイメージが湧かないと思うが、ポーランドでは正反対に日本の影響力が少なからずあった。まず、日本車のシェアが私の主観だが三割程度であり、こんなに遠く離れた地でも信頼を勝ち取って現地の人々の生活を支えていることを誇りに感じた。また、日本食レストランが街に多くあり、行列ができるほど人気だった。私はこの経験を通して日本の誇る技術力をもって世の中を便利にしたいという想いを持った。これが私のキャリアを考える上で一つの大きな軸となった。

 以上の経験を活かして就職活動、そしてキャリア目標を考えるときの一つの指標にしたい。また、ポーランドの良さを一人でも多くの人に伝えたいと感じた。


11. これからワルシャワ経済大学へ留学を考える人へのメッセージ

 ヨーロッパ留学を考えている人にはぜひポーランドを一度検討して頂きたい。「唯一無二の歴史を持っている」、「治安がいい」、「物価が安い」、「料理が美味しい」、「日本人が少ない」などいいところを挙げればキリがないほど私はポーランドを好きになって帰ってきた。ワルシャワという都市単位で見ても札幌と同じような規模感で落ち着いた雰囲気があり、とても住みやすかった。ぜひポーランドの良さを皆さんにも知って欲しい。

 留学成功のためのアドバイスとしては、私は二回目の交換留学を控えていためポーランドでの後悔や失敗を活かして二回目で最高の留学生活を送れたが、基本的に留学は一度きりなのでとにかく失敗を恐れずに新たな環境に飛び込み続けて後悔のない生活を送って欲しい。

 もし当時の自分に声を掛けるなら、「どっちみち期間は決まっていて日本に帰ってくるならどんなに黒歴史を残してもいいから挑戦し続けろ」と、言いたい。






ワシントン大学 University of Washington (UW)

1. はじめに

 2025年3月から6月までアメリカ・シアトルのワシントン大学へ交換留学を行った。前にポーランドへ交換留学したのに対し、英語圏での留学を検討し、ポーランドでの学期終わりとの時期的な兼ね合いを見てワシントン大学への交換留学を決意した。資本主義の代表国であるアメリカで格差を肌で感じることや小学一年生から続けている野球に触れたいというのが主な目的である。


2. 留学準備

 ビザ申請は、渡航一ヶ月前に札幌大使館で面接を予約しようとしたところ、空きがないためわざわざ東京まで行った。東京での面接も10日前が最速だったためギリギリになったので2ヶ月前にはビザ取得の面接予約を取ることを強く勧める。ポーランドと違ってビザ申請にお金がかかるため、学生に優しくないと感じた。また、寮費やミールプラン、保険なども多額の費用がかかり、ポーランドとのギャップも相まってかなりケチだと感じた。特に、家賃はポーランドが2万5000円程度だったのに対してアメリカは20万円程度だったためアメリカでの生活に不安を抱いていた。

 奨学金についてはポーランド同様、JASSOと新渡戸カレッジから併給して頂いた。渡航費は、2ヶ月前に航空券を購入したため13万円程度と割安だった。

 入国審査が厳しいと聞いて不安に感じていたが、書類を見せると案外すぐに入国できた。


3. 費用

奨学金:JASSOと新渡戸の併給で約15万円/月

往復渡航費:約13万円

留学保険:約8万円

ビザ申請費:約6万円(東京の大使館に行く必要あり、交通費除く)

家賃:約20万円/

食費:約18万円/学期(寮に入ると強制加入のミールプラン)

交通費:約1万円/学期

物価は日本の2〜3倍。最低賃金で比較すると物価がどれくらい違うのか把握しやすい。シアトルの場合は最低賃金が約20ドル、円換算すると3000円程度で、日本の3倍くらいだと考えるとよい。


4. スケジュール

2年生

10月 TOEFL iBTを受けるも目標点に届かず先輩に相談、IELTSを受験することに

11月上旬 IELTSで目標点を達成し、ワルシャワ経済大学に応募する

1月 SGH審査通過、応募できる奨学金を探し、とにかく応募

3年生

4月 国際交流科目を履修、ポーランドからの交換留学生に出会う

7月 ワシントン大学交換留学応募

8月 ポーランドビザ申請・取得、航空券取得

9月 ポーランド渡航

    UW審査通過

1月 アメリカ往復航空券取得

2月 帰国

3月 ビザ申請・取得

    アメリカ渡航

4年生

6月 帰国


5. 1週間の時間割


6. 現地生活

現地ではキャンパス内に無数ある寮のうち、Hansee Hallという寮に住んだ。部屋はシングルルームで、バス・トイレは共用だった。複数人の部屋を申し込んだが、学期途中に入居ということもあり、叶わなかった。食事面では、普段は大学のカフェテリアで食事を取った。北大でいう生協電子マネーのようなものに学期前に一括でチャージして使用するプリペイド式だった。メニューはパスタ、サラダ、ピザ、ハンバーガーなど豊富で、その時の気分で色んな食事を楽しめた。物価が高いことを考慮して日本からフルグラや餅などを持ち込み、節約した。太って帰ってくると思っていたが、痩せて帰ってきた。

買い物も北大でいう購買がキャンパス内にあってスーパーマーケットのように精肉等も購入でき、普段の買い物はそこか、キャンパス周辺の安いスーパーで買い物をしていた。交通手段は、学割みたいなものがあり、学期前に一括で払うと学生証に交通ICカードのように使用できて乗り放題だった。


7. 大学・授業・研究活動

 以下に履修した授業とその横に成績(0.0-4.0の範囲で0.1点刻み)、またその概要を箇条書きで記す。

  • ECON 412 Macroeconomics and Inequality [3.3]

 本科目ではクズネッツのカーブやPLE変数、パレート最適などを求める公式を使って格差がどれくらいあるのかを測定する方法を学んだ。また、House of Debt という教科書でどのように格差が広がってきたのかを学び、本書の内容に関連した質問について議論したり、トピックに関連した公式を学んだりした。

  • GEO 342 Geography of Inequality [3.4]

 本科目では「不平等の地理的側面」に焦点を当て、社会的・経済的・政治的な不平等が空間的にどのように現れるのかを学んだ。経済面では税制の不完全さが格差にどれくらい寄与しているのか、特に、同じ都市内で繁華街と郊外との格差が広がった一つの原因であることを学んだ。

  • I BUS 496 Global Business Consulting [4.0]

 本科目ではその名の通りコンサルタントの立場に立ってグローバルビジネスを展開していく上でどのように進出するか、また、コンサルとして働く上で必要なスキルについて学んだ。具体的にはアメリカに未進出の海外企業がアメリカに進出する設定でどのように進出するべきか企業を選択して調査し、プレゼンテーションを行った。また、コンサルに必要なハードスキル、ソフトスキルを選択し、そのスキルを得るための方法をワークショップのような形でプレゼンテーションを行った。

 教育スタイルの違いとして、課題の量が桁違いに多かった。どの授業も課題が多く、毎回の授業の予習としてPDF資料数十ページ分を読み込む課題があり、英語だったのもあり予習に2,3時間かかっていた。一つ目の授業ではディスカッションがあったが、ディスカッションに全くついていけなかった。

 GPAは3.54でDean’s Listに選ばれた。その要因は3つあると考える。1つ目は、友達と勉強する習慣があったからだ。国際交流プログラムの仲間が暇さえあれば図書館で勉強していたので私もそれに参加し、毎日夜12時までみんなで勉強する習慣がついたのが大きいと考える。2つ目は成績分布が上位に寄っている授業を選んで履修できたからだ。北大でいうINAZOのような過去の授業の成績分布が履修登録サイトに載っていたため、好成績を取れる自信があまりなかった私は落単する人が少なめな授業を履修した。その作戦が功を奏したと考える。3つ目は生成AIの活用だ。毎回リーディングの課題が出され、量が膨大だったため課題を終わらすのに2, 3時間は余裕でかかり、正直負担が大きかった。そこで生成AIに課題のタイトルを投げて要約してもらってそれを踏まえて課題を流し読みするようにした。そうすることで余った時間を効果的な勉強に費やせた。また、テスト前はAIに例題を作成してもらって解く作業を行い、テスト対策をした。ここで述べておきたいのが、生成AIを利用することでリーディング力、ライティング力の伸びはあまり感じられなかったため、慎重に使用して欲しい。私は、アメリカにいる時間は有限であり、友人との交流にも時間を割きたいと考えていたためこのような方法を導入した。さらなる英語力の向上を目的とするならばこの方法は全く薦めない。


8. 言語とコミュニケーション

 言語はずっと英語を使っていた。アメリカ渡航後、全く英語が聞き取れなかった。ポーランド留学を通して少しは英語が上達し、簡単に聞き取れるだろうと思っていたが、序盤は日常会話で友達が何を言っているのかほとんど理解できなくて絶望した。ポーランドで英語力が成長しなかったのかと落ち込んで自信を失ったが、ポーランドでの反省を活かし、自信がなくてもとにかくコミュニケーションが取れる場所に飛び込んだ。最終的に気づけば現地の友達のスラングや話すスピードにも慣れて通常のコミュニケーションを取れるようになった。感覚としてはポーランドの5ヶ月間よりアメリカでの3ヶ月の方が英語力は伸びたと感じた。


9. 留学中の印象的な出来事・活動

 課外活動としてUniteという国際交流プログラムに参加した。留学中にできた友達はほとんどそこでできた仲間で、授業以外の時間もほとんどUniteの友達と過ごした。8週間にわたるプログラムで、平日と週末1回ずつ週2回活動があった。内容は、自国文化を共有するだけでなく個人的な過去も共有し、互いを深く理解できるようなプログラムだった。また、チューリップ畑へのエクスカーションや野球観戦など、ハングアウトも充実していた。

 一番の思い出は私の誕生日パーティである。日本人の友人がホストしてくれて、日本料理を振る舞ったりクイズ大会を行ったりして大いに盛り上がった。私は北海道の郷土料理、ちゃんちゃん焼きを作り、友達が「今まで食べた日本食で一番美味しい」と言ってくれたことが何より嬉しかった。友人もUniteの仲間を中心に20人ほど集まってくれて本当に人に恵まれたと実感した日だった。

 また、たくさん野球観戦に行けたのが思い出だ。私はイチローの活躍する姿に憧れて野球を始めたのでシアトル・マリナーズの試合を観戦できたことは感慨深かった。野球のプレースタイルはもちろん、観戦方法も日本とは違って良い経験だった。まず、アメリカには選手の応援歌はないが、電光掲示板に”Make Noise”と映し出されて皆が歓声を上げ、会場を盛り上げていて、そこが大きな違いだと感じた。

 さらにIndomiaと呼ばれるインドネシアのインスタント焼きそばの早食い大会に優勝して50ドル分のUwajimayaという日本食スーパーの商品券を貰った。誕生日パーティの買い出しの時に使った。

 シアトルは自然が豊かで周辺にMt. RainierとOlympic National Parkという世界遺産があり、それぞれ訪問した。Mt. Rainierという名はコーヒー商品の名前で有名だったのでMt. Rainierは実在したのだと興味深かった。オリンピック国立公園はアクセスが限られているので北大に交換留学予定の友達に運転してもらってキャンプをした。日本では見れない規模の自然を目の当たりにして良い思い出になった。彼が北海道に来たら恩返しする予定である。

 最後に、大学では卒業シーズンだったため卒業する友達も多かった。アメリカの文化で卒業式にストールをたくさん身につけるものがあり、私もタイミング良
く貰えた。



10. 留学を通じて得たこと(学び・成長・今後の展望)

 先述のUniteのイベントの一つに合宿があり、その中で今の自分を造り上げた人生の大きな出来事について話した。自分について英語で長く話す経験がなかったため緊張したが、上手く伝えられて英会話に自信を持てるようになった。また、寝食を共にすることで友達の英語のアクセントにも慣れて英語力が大きく改善したと今振り返ると感じる。これを機に自分の英語力に自信がつき、恐怖心を捨ててコミュニケーションを取れる機会が増えたと感じる。ただ、英語ペラペラにはまだ遠いと感じるため英語学習を継続するように努める。


11. これからワシントン大学へ留学を考える人へのメッセージ

 最後に、ワシントン大学はThe アメリカの大学って感じがして華やかなキャンパスライフを送れるため強く勧める。その分勉強は大変だが、それも必ずいい経験になると考える。とにかく大学の規模も基本的に多く、コミュニティもたくさんあるため行動力が大事だと考える。アメリカ留学は、ポーランドでの反省を生かして満喫できた。時間が心の底から足りないと感じた。


おわりに 二段階留学を経て

よく聞かれるのが、「どちらの方が楽しかったか」という質問である。いつも私はそこで「人に恵まれたのがアメリカ、文化、雰囲気など街として好きなのはポーランド」と答えている。アメリカでは毎日友達と過ごすことで英会話する機会も豊富にあり、楽しく充実したキャンパスライフを送れた。一方ポーランドは歴史、文化面から興味深い。特に領土を二回失っているという事実や、社会主義から資本主義に移行し、外資系企業を呼び込み、高層ビルが多く建っている。その一方で戦前の姿を取り戻そうとして復元された旧市街の街並みなど、散歩するだけでも刺激的でワクワクした。また、ポーランドについて詳しい人は少ないのでポーランドの方が話しやすいというのも事実だ。

 該当する人は滅多にいないとは思うが、万が一ポーランドとアメリカで留学先を迷ったら、日本人が少ない、物価が安い、治安が良い、文化・歴史を学ぶというメリットを持つのがポーランド、フレンドリーな人が多い、自然が豊か、スポーツが身近、大規模を味わうというメリットを持つのがアメリカだと私は考えているので参考にして欲しい。