ブルガリア留学記 経済学部4年 成瀬健一郎

ヨーロッパ


1.留学先

2024年2月から8月にかけて、交換留学生としてブルガリア共和国ソフィア市のソフィア大学(Софийски университет Св. Климент Охридски“へ留学した。


2.留学の動機

かねてから漠然と留学がしたいという思いがあったが、その理由を整理すると主に次の3点にまとめられる。

1つめは自分の海外適性を知るためである。卒業後の進路を考えるにあたって、海外で活躍できるような職種も視野に入れていた。海外勤務においては母国とは違う文化慣習や環境に適応できるか否かは重要な問題である。これまでも何度か海外旅行をしたことはあったが、いわばお客様として訪問するのではわからないことも多くある。半年間の滞在では十分とはいえないかもしれないが、旅行者としてではなく、現地社会での生活能力を知る必要があると考えた。

2つめは英語、第3言語の語学力を伸ばすことである。英語を実践的に使用する機会として留学は適しているというのは周知の事実である。読み書きに関しては日本国内でも十分に鍛えられるし、北大にも大量の多読教材や講義は整っていが、リスニングやスピーキングの能力を身に着けるには不十分な部分がある。そこで海外へ留学することによって第2言語である英語を使わなければいけない環境に身を置くことで、英語力を鍛えたいと考えた。特に大学の講義を英語で受けるにはそれ相応のリスニング能力が必要であり、スピーキング能力もまた、日本以上にグループワークや発表が多い欧州の大学教育では重要になっている。短期語学研修や旅行では学べない英語の運用力を交換留学では学べるのではないかと考えた。加えて第3言語の習得、それも日本ではメジャーでない言語を学ぶことができれば面白いし、今後の役に立つ可能性も考えられるというのも理由である。

3つめは卒業論文の題材探しである。留学に向けた情報収集と並行して、所属するゼミでは卒業論文の執筆に向けた準備が進んでいた。ただその題材を検討するにあたって、自分が意欲を持って取り組むことができ、かつ学士論文として重すぎず、軽すぎないテーマの設定に難航した。そこで海外にとびだしてまなぶことで、今まで考えられなかったアイデアが浮かべはよい助けとなると考えた。卒論へと昇華できずとも、自分の知識欲を満たすことは十分可能であるだろう。

留学先の選定に関しては、かねてから日本と隣接していながらもあまり注目がされていないスラヴ圏の文化などに興味があったため東欧への留学を考え、2023年に大学間協定を締結したばかりだったソフィア大学の第一陣として留学することを決めた。


3.費用

渡航準備

・渡航費 20万円

※ビザ発行は二国間協定により無料だが、申請は東京の大使館に1度訪問する必要がある。

・海外旅行保険 5万円弱

・IELTS受験料 2万円

現地

・家賃 5万円(月8000円)

・生活費 20万円(月3万円)
・交際費 10万円

計:約40万円


4.留学スケジュール

2023年7月 IELTS受験、交換留学申請

2023年夏 学内審査通過

2023年12月 受け入れ大学から交換留学許可通知

2024年1月 在留許可申請・取得

2024年2月 渡航

2024年2月中旬 学期開始

2024年7月 学期終了

2024年7末 ヴェリコタルノヴォ大学サマーセミナーに参加

2024年8月 帰国


5.渡航前の手続きについて

東京代々木の大使館にて申請。申請は無料。ビザ発給担当の領事と軽い受け答えしたのち、ビザ用の写真撮影、指紋採取があった。ビザ申請に関して大使館HPには犯罪証明書の提出が必要と記載があるが、六か月の滞在の場合必要ないとのことだった。申請の2週間後にレターパックでビザが貼られたパスポートが郵送された。


6.滞在許可書関係

Mradost区役所にて外国人住民登録が必要である。パスポートと住所を証明するもの(入寮許可書)が必要。英語が通じないので不安がある人はバディや日本語学科の先生を頼るとよい。

在留届は大使館の職員にださなくてもいいよと言われたので最初はださなかったものの、一応形だけでもと考え三か月経ったところでオンライン提出した。


7.ブルガリアについて

東欧に位置し東は黒海に面し、北にドナウ川が流れる国で、トルコと国境を面する欧州の玄関口の国である。黒海沿岸はバカンスのリゾート地として有名で、以前はロシア人、今はドイツ人をメインに夏にはたくさんの観光客が訪れる。二次大戦後しばらく社会主義陣営に属したが、現在では欧州連合に属している。通貨はレフで1レフ=85円ほど。言語はブルガリア語でキリル文字発祥の国である。


8.ソフィアについて

ブルガリア西部の盆地に位置する都市で同国の首都。人口は122万人ほどで、規模としては札幌とほとんど変わらない。気候も札幌に近く冬は雪が積もるほど寒く、夏は30度台まであがる。中心部は「セルディカ」と呼ばれ、ローマ時代の遺跡が街並みに溶け込むなどおもしろい景観がみられる。市街の南側にはヴィトシャ山があり、市内もいたるところに大きな公園があり、自然にも近く活気あるまちである。

市内交通

市内交通は学生が月12レフ(1020円)ほどで乗り放題であり、バス、地下鉄に加えトランヴァイやトロリーバスも乗車可能である。日本ではすでに乗ることのできなくなったトロリーバスが市内を縦横無尽に走りまわっており、集電ポールの動きを観察するのも楽しい。欧州らしく無架線の電気バスの系統もあり、欧州連合の環境政策が垣間見える光景が見られる。一般のバス路線は連接バスを使用した路線が多く、複雑ながら市内全域をカバーしたネットワークを形成している。

トランヴァイは路面電車であり、これもまた数十の系統がある。幹線道路わきの専用軌道を快走する系統もあれば、S字カーブを描きながら斜面を昇り降りする歴史ある系統もあり、乗りまわるのがとても楽しい。車両も共産主義時代からの趣を感じるチェコで製造された「タトラカー」といわれるものから、最新鋭の低床車両までそろっており、日本では見ることのできない充実した顔ぶれである。

地下鉄以外は信用乗車方式が採用されており、乗客は手近のドアから乗降できる。しかしながら検札が頻繁に行われており、筆者も一度カードの携帯を忘れ40レフ(3400円)の罰金を支払った。


9.ソフィア大学

留学したソフィア大学はブルガリ最古の大学の一つであり、1888年創立の歴史ある総合大学である。所属した経済経営学部は1947年の設置で、設置背景として共産主義国家となった当時の情勢がおおきくかかわっていそうだ。

市内各所にキャンパスがあるが、その中で本部棟と経済学部棟での講義を履修していた。本部棟は市の中心部にあるとても荘厳な建物で「ブルガリアのホグワーツ」ともいえるようなつくりの建物であった。荘厳な正面玄関と講堂も素晴らしいものだが、建て増された上層階へつながる階段が隠し階段のように奥まっていたり、静かな図書館が思わぬところにあったりと探索が楽しい建物であった。

経済学部棟は本部棟から10分ほどバスで郊外にでたところにあり、これもまた古い建物である。緑の中にたたずんだ黄色の外壁5階建てである。

留学中に履修した主な講義は環境経済学、金融システム、ブルガリア語A1レベルの3つである。

環境経済学の講義は前半にレクチャー、後半にグループワークという構成であった。内容としては北大の学部講義と変わらないものであったが、専門用語が多く予習復習がかなり大変であった。

金融システムの講義はブルガリア国立銀行の職員によるものであった。シラバスには英語での講義科目との記載があったが、実際にはブルガリア語が使用され大変苦労の絶えない講義だった。内容としてはブルガリア国内および欧州連合の金利変動や経済動向についてであった。成績評価は銀行に関してのレポートであれは自由に書けたのでまだやりやすいものであった。

ブルガリア語の講義は個人的に一番力を入れて取り組んでいた講義であった。渡航前にブルガリアに関しての全学講義は履修していたが、言語に関しては独学の域を出なかったので、この講義はとてもとても興味深い内容であった。先生から提供される教材を使って講義がすすみ、CEFR A1レベルまで学習を進めた(CEFRは欧州共通参照枠Common European Framework of Reference for Languages、A1は初級)。クラスメイトとも仲良くなり、楽しく学習できたと思う。


10.住居

月130レフ(11050円)。前月に寮費を支払うと95レフ(8075円)に割引される。

支払いは現金かブルガリア発行のクレジットカードのみなので、十分に現金を持参する必要がある。

2人部屋で基本的に同じ出身国同士が割り当てられる。

築40年以上が経過している古い建物

Studentski grad (学生街)のはずれに立地しており、大学本部までバスで20分、経済学部、哲学部棟まで15分ほど。朝晩のラッシュ時は5分ほど余計に時間がかかる。中心部までは途中で地下鉄に乗り換えて30分ほど。

Vivacom の12go というSIMが便利、月10レフ(850円)。

寮のWIFIは1月15レフ(1530円)。ただし時間帯によっては100kbpsもでないほど脆弱なので、あまりあてにしないほうが良い。

洗濯機の利用には最初に30レフ(2550円)の支払いが必要。その後はいつでも自由に利用できる。


11.食事

物価は日本と同程度。パンが安く、乳製品は豊富であった。明治のブルガリアヨーグルトそのままの味のものが販売されている。日本にはないものとしてアイリャンがある。これは甘味のない飲むヨーグルトのようなもので、ブルガリアの国民的飲料であり、どんな食べ物にもあうので素晴らしい。

寮の共用調理設備は手入れされておらず、いちいち寮母さんにカギをもらいに行く必要があり面倒なため自炊はせず、スーパーの総菜や外食、学食ですませていた。

学食は安く3レフ(255円)で利用できるが味は期待できないものだった。具材の人参に火が通っていなかったり、スープのまずさをごまかすために大量に潮が投入されていてしょっぱかったり、デザートのケーキがパサパサで行内の水分をすべて持っていかれたりと、完食するにはとてつもない苦労が必要であった。

対して市井のファストフードは手ごろな値段で、おいしいものがたくさんあった。最もポピュラーなものはドュネルケバブで、鶏肉のケバブと千切りキャベツ、トマトを円形の薄いパンで巻いたものが5-8レフ(425-680円)で売られている。ほかにはピザが1切れ3レフ(255円)ほどで絶品である。ピザをテイクアウトして緑あふれる公園の木陰にあるベンチで食べるのがささやかな楽しみであった。

ブルガリアの伝統的な料理は近隣国の料理と共通したものが多く、ギリシャ料理として有名なムサカもよく食べられる。私が特に気に入ったのはタラトゥールという冷製スープで、ヨーグルトベースのスープにきゅうりを細かく切ったものを入れるスープである。夏の暑い日に食べるととてもさっぱりしていておいしいのでお勧めである。


12.ブルガリアの酒類

ビールがとても安く、500mlで1.5レフ(127.5円)前後と破格である。ビールの味は日本のようにのど越しを重視したものではなく苦みがあるが、慣れればとてもおいしい。2Lペットボトルでも売られており、日本以上に生活にビールが身近なものである。伝統的なアルコールとしてはラキヤといわれる果実蒸留酒がある。市販されているものは度数が40度ほどであるが、自家製のものだともっと高い。それをストレートかロックで飲むので焼けるような口当たりだが、決してまずいことはなかった。ワインもよく飲まれており、ブルガリア産のワインが札幌でもまれに販売されているのを見かけるのでぜひご賞味いただきたい。


13.交友関係

大学に日本語学科が設置されていたため、そこの学生と遊ぶことが多かった。また、ブルガリア語講義のクラスメイトとも交流があった。

 ブルガリア人の友人とともに夜中ドライブにでかけるなど楽しく過ごしたし、他大学からの日本人留学生とも日常の生活でも助け会いながら一緒に遊んだ。

 滞在中の娯楽として一番頻繁にあったのがビリヤードであった。市内の至るところにビリヤードバーがあり、そこで多くの人とプレイして楽しんだ。ビリヤードが未経験であった自分も、帰国前には少しはできるようになったのではないかと思う。

最も親しかった友人の一人にフランスから留学にきていたロシア人の友人がいる。ブルガリア語の講義で知り合った彼とは一緒に列車に乗ってバラで有名なカザンラクという町のお祭りを見に行ったり旅行したり、世界遺産であるリラ山脈でハイキングをしたり楽しく過ごした。

ブルガリア在住の日本人ともたくさん交流した。大使館のスタッフと学生とで宅飲みをする機会もあり、ホームパーティに招待いただくこともあった。英国や仏独など在留邦人の多い国ではできなかった体験だったと思う。


14.滞在中の旅行

 ブルガリア滞在中は週末を中心に欧州各国へ足をのばして旅行をすることがたくさんあった。留学中10ヵ国以上を周遊している(海外留学は交換留学の主目的ではないが、事前相談次第では地域調査の枠内に認められる)。

 欧州留学中に旅行するメリットとしては、EU圏内の大学に在学しているという身分を大いに生かすことができる点である。イタリアやギリシャ、フランスの美術館でソフィア大学の学生証を提示すると30ユーロ(4800円)する入場料が無料になったこともあり、お得に旅行を楽しめた。また、欧州各地を結ぶバス会社であるFLIVBUSの割引を受けることも可能である。

 欧州ではダイナミックプライシングの恩恵を受けて、安く移動できることが多々あった。ソフィアから隣国ギリシャのテッサロニキまで300kmある移動を6ユーロで済ませることができたり、LCCも20ユーロ(3200円)でソフィアからロンドンまで長距離を移動できたりと大変お得である。

 もちろんブルガリア国内も旅行した。鉄道がとても安く、一晩かかる夜行列車が20レフ(1700円)で乗車できることもある。ブルガリア国鉄は客車列車がメインで日本では見られないコンパートメント客車に乗車できるので、とても旅情あふれる移動を楽しむことができる。

旧首都ヴェリコタルノヴォ・第二の都市プロヴディフ・黒海の大都市ヴァルナなど魅力ある街を巡るのはとてもおもしろい。


15.おわりに

 ブルガリアでの楽しい滞在を通じて、自分の海外適性は十分にあることを知ることができた。ただ海外で仕事をするには語学力にまだまだ研鑽を要することも実感した。留学の目的はおおむね達成することができたが、これで終わりにするのではなく、今回の滞在で得られた経験や知識、人とのつながりをもとにさらに発展させていくことが重要だと思う。この記事の執筆時点ですでに帰国から半年以上が経過しており、「ブルガリアに帰りたい」なんてたまに思うこともあるほどに満足できる経験であった。もしこの記事を読んでいるあなたが留学しようか迷っているのならば勇気をもって実行してしまうことを強くお勧めする。