インド工科大学ボンベイ校留学体験記 松村捷生

アジア


1. 留学先・期間

2025年11月から2026年1月まで、インド・ムンバイのインド工科大学ボンベイ校にSTSIという大学院のプログラムで留学した。


2. 志望動機

幼少期にインドに住んでいた経験があり、その頃よりインドという国に強い関心を持ち続けていました。大学院に入学する際に、研究対象にインドを選んだのも、こうした背景があったからです。文献やデータだけを通して調べるだけでなく、実際に現地に赴き、現地の空気・人に触れ、農業の現場を自分の目で見てみたいという思いから今回の留学を決意しました。


3.費用

【渡航準備】

・往復渡航費 16万

・留学保険 2万4千円(J-TAS、付帯海学)

・VISA発行 1640円

【現地】

・家賃 7000ルピー=約12250円(1月)

・食費 食堂での夕食で73ルピー=約128円

    チャイは20ルピー=約40円

・交際費

校外の居酒屋に行くと、ビールが1瓶で約300ルピー=約600円


4.渡航前の手続きについて

・S-1ビザ

東京にあるインド大使館でビザの申請を行った。10月2日に行こうとしたが、この日はガンジーの誕生日で、大使館がお休みになっており、目の前まで行ったが、日を改めなければならなかったのはいい思い出。

・SIMカード

e-sim(trifa)を選び、電話番号はないものを選んだが、インドでの滞在には、現地の電話番号が申請に必要であり、結局現地のesimを買いなおした。ちなみに、trifaが2月で15000程であり、現地では2月で750ルピー=約1500円であった。


5.1週間の時間割


6.研究室

所属していたArnab Jana labではQGISやPythonを用いて、インドの農地の作物マッピングを行っていた。具体的には、様々なアルゴリズムやInception-v3という画像認識モデルをもちいて都市と休耕地の正確な分類を行っていた。衛星画像分析などの専門家が自分の研究室をはじめ、近くの研究室にもおり、何度もアドバイスをいただいた。特に、指導役であったVipulという博士課程の学生にはお世話になった。そんな中で、印象的だったのは、Vipulから「インドの統計は正直あてにならないので、情報を集めることに労力を7割、分析に3割」と言われたことである、日本人の私には衝撃的であった。また、衝撃的なこととして、修士の学生には研究室の席は用意されておらず、基本的に博士課程の学生かプロジェクトで来ている人の見に与えられるので、自分の周りには博士学生以上の人しかいないことは刺激的であった。
以下の写真は研究室の様子(映っているのは研究中のVipul)

また、研究室に所属している修士学生に協力してもらい、現地調査も行った。この時期にマハーシュトラ州は乾期であり、休耕地が多く存在するため、それを実際に見に行った。以下はその際の写真

線路をなんも気にせず歩くのも、インドらしいと感じた。


7.課外活動、友人

 課外活動に関しては、水曜日と日曜日の17時から19時までサッカーをしていた。最終的にWAKANDA Forever FCというアフリカからの留学生を中心に構成されている団体と、インド人を中心とした団体に所属していた。最初はグラウンドでサッカーしているところに飛び入りで参加し、次の開催日を聞いて、参加するようにしていたらWhatsAppのグループに入れてもらえるようになりました。その中でも特に仲良くなったのが、Vashishtという大学3年の子である。

以下はVashishtと自分(Hostel2にて)

最古の寮であるHostel2に招待してもらい、話したり踊ったりしたのはいい思い出。しかし、素でつり目のジェスチャーをしてきたときに、怒ってしまったのは今ではいい思い出。また、料理に挑戦するといい、鶏肉をフォークでミンチにし、電子レンジで15分かけて熱し、スパイスをかけて食べたときは、インド人大学生の料理レベルに驚愕した。また、研究室の人や、ほかの研究室の人と飲みに行ったのもいい思い出である。

また、南ムンバイに観光に赴いた際はインド門に行った、以下写真。

また、学内でMood indigoという学際が行われており、三日三晩お祭り騒ぎであった。

以上は、ライブ(これも三日連続で行われていた)の写真であり。Chaar DiwaariやSonu Nigamといったビッグネームが来ていた。


8.住居・食事

住居

基本的に学生はhostelと呼ばれる寮生活をしている。月7000ルピーであり、かなり格安であった。以下は部屋と寮の外観の写真

自分は一人部屋であった。また、基本的に他の留学生はみなhostel18の9階に集められており、自分の周りはインド人しかいなかった。

各フロアにシャワー、トイレ、給水機、洗濯機3台、乾燥機3台があり、特に不便は感じることはなかった。

食事

基本的には学生はMess foodと呼ばれる学食を食べる。以下はその夕食の写真

カレー2種類と、2種類のライス、野菜、炒め物、デザートというラインナップは変わらず、日替わりメニューであった。あと、基本的にここでの食事はベジフードしか出ません。大事なのはこれが食べ放題で73ルピーだということです。

また、ほかのものが食べたいときはSwiggyというデリバリーアプリがあったのでそれを利用していた。毎日Swiggyのバイクを見かけるほど、利用している学生は多かった。

また、学内だけに限らず、インドのどこにおいても、支払い形式はUPIというバーコード決済が主流であり、現金だとおつりが出ない場合が多く、苦労した。UPIを利用するには現地の銀行座を作る必要がある。


9.まとめ

2か月という短い期間ではあったが、毎日のように学生と話し、研究内容を相談したりすることは非常に刺激的であった。特にQGISやPythonなどを現地で学び始め、研究で実践的に使うことは予想以上に労力がかかることであり、毎日頭がパンクするほど大変であった。しかし、逆にこのおかげで生活への不安のようなものを一切感じずに、留学生活を過ごすことができた。また、指導教員のJana先生やVipul、Adity、Vidu、Madhumita達には感謝しかありません。